発酵水は、母なる海の恵みの日本在来の天然海藻(緑藻類・褐藻類・紅藻類)
およそ30種類を独自製法で長期自然発酵させて、手づくりで原液づくりをしている発酵飲料です。

お茶の歴史





大阪此花2025年1月3日A.M.11:30撮影


日本が誇るお茶、
その抹茶が世界でブームが続いています。

今日は松本美津子さんのFBから、
「お茶の歴史」をご紹介致します。

サラッとわかりやすくまとめてくれて
いますので、お茶好きな方の少しでも
参考になりましたら幸いです。

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お茶の歴史
松本美津子
2025年1月1日


商店街の脇道で見上げる程の大きな茶の木に
小さな花がいっぱい。

お茶は、
日本が中国の進んだ制度や文化を学び、
取り入れようとしていた奈良・平安時代に、
遣唐使や留学僧によってもたらされたと
推定されます。

平安初期(815年)の『日本後記』、には、
「嵯峨天皇に大僧都永忠が近江の梵釈寺に
おいて茶を煎じて奉った」
と記述されています。

これが、
わが国における日本茶の喫茶に関する
最初の記述といわれています。

鎌倉~南北朝時代(1192-1392)
日本の臨済宗(禅宗の一派)の開祖である
栄西(1141-1215)は、
二度、宋に渡って禅宗を学び、
禅院で飲茶が盛んに行われているのを
見聞きし、帰国後、
日本初の茶の専門書「喫茶養生記」を著し、
お茶の効能を説きました。

1214年、深酒の癖のある将軍源実朝に、
良薬としての茶にそえて、本書を献上した
と「吾妻鏡」に記されています。

室町、足利時代、足利義満(1358-1408)は、
宇治茶に特別の庇護を与え、
これは豊臣秀吉(1537-1598)にも受け継がれ、
宇治茶のブランドが形成されていきました。

村田珠光(1423~1502)は「侘茶」を創出し、
これを受け継いだ千利休(1522~1591)らに
よって「茶の湯」が完成し、
豪商や武士たちに浸透していきました。




江戸時代(1603~1868)茶の湯は
江戸幕府の儀礼に正式に取り入れられ、
武家社会に欠かせないものとなりました。

一方、一般庶民にも飲料としてのお茶が
浸透していたことが当時の記録から伺えますが、
簡単な製法で加工した茶葉を煎じたもの
だったようです。

1738年、永谷宗円は
製茶方法を丁寧な方法に改めて、
優良な煎茶の製法を編み出し、
煎茶の祖と呼ばれています。

これまでにない緑色と甘味、
馥郁とした香りは江戸市民を驚嘆させました。

「宇治製法」と呼ばれ、
18世紀後半以降、全国の茶園に広がり
日本茶の主流となっていきました。

また、
より高級な煎茶を開発しようと
1835年山本嘉兵衛により玉露の製法が
生み出されたといいます。

長くなりましたが茶の歴史でした。


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